在職期間:平成12年4月1日~平成25年3月31日

 

 大学の教授生活の10年間で、企業金融、金融と税制との関係、金融の証券化、世界のオフショアー市場の動向、銀行の不良債権問題などを中心に研究を続けてきた。現在は、通貨ユーロの行く末、中国人民元の国際通貨化の動き、国際的な金融規制の変容などについて興味を持ち、これらの問題につきフォローしている。次に紹介する論文は、名城大学経済学部10周年記念誌「天白より世界へ」へ掲載したもので、先の金融の証券化、銀行の不良債権問題、金融規制の変容がミックスされたテーマとなっている。比較的平易に書いたものであるので、ご一読ください。

■はじめに

 アメリカのサブプライム問題に端を発した金融危機は、ヨーロッパをはじめ世界に伝播し、各国の実体経済にも悪影響を与えつつある。しかし今回のサブプライム金融危機は、古典的な銀行の経営悪化と流動性危機の発生といったものに起因したものではなく、米FRB監督下にない投資銀行や保険会社等の破綻ならびに証券市場の混乱をきっかけにしている。しかもこれら金融機関や市場が取り扱っている商品は証券化商品やデリバティブであり、銀行中心の金融規制や監督ではこれら金融機関の破綻を防止し、金融システムの安定を図ることは困難であった。
 本稿は、歴史上例を見ないこのような複雑な内容を持つ今回の金融危機について、サブプライム・ローンやサブプライム・ローンの証券化の分野に限って問題を整理し、サブプライム金融恐慌ともいわれる金融危機の本質を見極めることを目的としている。

【1】サブプライム・ローン問題とは?

(1)サブプライム(subprime)・ローンとは?
 サブプライム・ローンとは、比較的所得水準が低く、ローンの延滞履歴があるといった、いわゆる優良顧客(プライム)より信用力の劣る人たちへの住宅貸付のことをいう。サブプライムの定義には定まったものはないが、アメリカの銀行監督局の例示では、「過去12カ月の間に2回以上30日延滞に陥ったことがある、または1回以上60日延滞に陥ったことがある」人たちであり、消費者の信用力を評価する「FICOスコア(Fair Issac社が開発し、消費者信用情報機関が運用しているスコア)、660点未満」の人たちが借り手になっている場合が、サブプライムとみなされている。ちなみにプライム・ローンは、通常、同スコアで、700点を超える水準の借り手を相手にしている。なおFICOスコアは、借入口座数、過去の支払履歴、借入残高等によって算出されるが、年収などは考慮していないので、サブプライム層は必ずしも低所得者というわけではない。
 サブプライム・ローンは調整型変動金利(Adjustable-Rate Mortgages:ARM)であり、2/28ARMや3/27ARMが典型的である。すなわち2/28では、最初の2年が固定金利支払い、2年経過後満期までの28年が変動金利支払いになる。変動金利は6カ月ごとに見直されるので、サブプライム・ローンの借り手は、長期間金利上昇リスクを取らなければならない。しかも、当初の2~3年は、借りやすいように基準より低い優遇金利が適用されるが、その後は金利水準が高くなる。基準金利が低い間は負担が少ないが、04年以降には政策金利が急上昇し、金利支払い負担が大きくなり支払い不能となるケースが多発した。
 返済能力に難があるサブプライム・ローンの借り手にとって、なぜ住宅ローン借り入れが可能なのか。それは、上述のように当初の2~3年は優遇金利が適用されていること、低金利時代には貸出競争激化で貸し手の融資基準が緩やかだったこと、さらに、貸し手が、ローンの担保になっている住宅の価格が上昇することを前提に貸出を行っているからである。貸し手にとって担保になっている住宅の価格が上がると債権回収は容易になるし、借り手にとっても当初の固定金利期間が終了したときに、担保価値が上昇し返済履歴も更新されるので、サブプライムからプライムに昇格し、有利な条件で借り換えに応じてもらえる可能性が大きくなる。逆に住宅価格が下がれば、担保価値が下がっているので貸し手は借り換えに応じない。したがって借り手は上昇する恐れのある変動金利の負担に耐えなければならないし、債務不履行となる可能性も高くなる。

 

(2)サブプライム・ローン急増の背景
 アメリカでは、2000年代初めに住宅ブームが発生したが、この中心はサブプライム・ローンであった。それではなぜサブプライム・ローンが急増したのか。その理由は、〈1〉アメリカの長い間にわたる住宅政策が、マイノリティや低所得層の住宅購入を支えたこと。また2000年代に始められたわけではないが、基調として住宅ローン急増を支えたものとして、次の〈2〉~〈4〉がある。すなわち、〈2〉1980年に実施された住宅担保貸出金利の上限規制撤廃により消費者金融から住宅ローンに貸し手の資金がシフトしたこと。〈3〉1982年の法律改正で、現在のサブプライム・ローンにみられる変動金利ローンや、当初期間の支払いを少なくし、その期間後一括払いする方式の住宅ローンが認められたこと。〈4〉1986年の法改正で、消費者ローン金利が所得税控除できなくなったのに対し、住宅ローンの支払い利息は控除対象になったこと。さらに、次のような背景もあった。〈5〉サブプライム・ローンを積極的に推進したのは、銀行ではなく、規制の少ないモーゲージ・バンク等の住宅ローン専門会社であった。また、〈6〉貸出競争が激化したため、サブプライム・ローンの審査が甘くなり、借り手の多くは所得や所有資産の証明なしに借り入れができたことや、〈7〉2000年末から05年まで低金利が続いたこと、〈8〉非金融大手企業の自己金融力が強まり、企業貸出需要が減少した金融機関が住宅金融を拡大したこと、などが住宅ローンの急増をもたらした要因として挙げられる。
 サブプライム・ローンはこのような背景のもとに2000年初めから急増し、06年には実行ベースで住宅金融全体の20%を記録、残高シェアでも13%(残高ベースでは1.7兆ドル)を占めた。しかしこのブームも06年末に住宅価格が頭打ちとなり、下降に転ずるに至たり、終焉を迎えた。
 ここで確認したいことは、サブプライム・ローンは、住宅価格の下落あるいは金利上昇をきっかけに元利金の支払不能が発生する可能性が高いローンであり、その性格が、以下に見るように、サブプライム・ローンの証券化に際しても引き継がれていくのである。

 

(3)サブプライム・ローンの証券化
 アメリカは間接金融中心の日本と異なり、巨大な証券市場をもつ。その中でMBS(Mortgage Backed Securities : モーゲージ担保証券)やABS(Asset Backed Securities : 資産担保証券)などの金融資産の証券化市場も発達してきている。住宅ローンの証券化は、すでに1970年のジニーメイ(GNMA : General National Mortgage Associattion : 政府抵当金庫)パス・スルー証書の発行によって開始され、その後証券化の技法は高度化され既に市場に定着している。
 アメリカの住宅ローンの担い手は、銀行ならびに金融監督当局の監督下にないモーゲージ・バンクなどのノンバンクである。特にサブプライム・ローンの貸し手は、大半がノンバンクとなっている(銀行系の大手ノンバンクもある)。
 モーゲージ・バンクは住宅ローンを実行しても長期に保有することはなく、そのローンを大手金融機関やファニーメイ(FNMA:Federal National Mortgage Association:連邦抵当金庫)等に積極的に転売した。
 銀行やモーゲージ・バンクが住宅ローンを証券化する理由は、特に住宅ローンが長期固定金利であるケースでは、銀行の場合には預金と貸出、モーゲージ・バンクの場合は短期銀行借入れやCP発行と貸出の間に期間のミスマッチがあり、これによって生ずる金利リスクを証券化によって回避できること、また信用リスクを証券化商品の投資家に転嫁できること、加えて証券化によって貸出金を回収し、その回収資金を新たなローンに振り向けることができること、さらに銀行の場合には、証券化が自己資本規制をまぬかれる手段となること、などである。
 証券化は商業銀行や投資銀行によって仲介されることが多く、両金融機関は、貸し手から仲介手数料を得ると同時に投資家に販売することによっても手数料を獲得できる。
 さて、つぎにサブプライム・ローンの証券化について説明することにしよう。一般的に証券化の仕組みは次のようになる。すなわち、まず、証券化のために住宅ローンを買い取った銀行や投資銀行は、SPC(Special Porpose Company:特別目的会社)を設立し、購入した住宅ローンを譲渡する。SPCは、この住宅ローンの生み出すキャッシュフローを担保にして証券を発行し、投資家に販売する。サブプライム・ローンの証券化では、高い格付けを得るために、優先劣後構造という内部的信用補完がなされる。優先劣後構造とは、証券化商品を優先債と劣後債の重層構造にし、担保となっている住宅ローン債権からのキャッシュフローを、まず優先債の元利金支払いに充当し、劣後債の元利金支払いは優先債に劣後するという仕組みをいう。優先債の格付けが劣後債より高いのは言うまでもない。
 現実には、優先劣後構造はより重層的になっていて、大きくはシニア債、メザニン債、エクイティと分類され、元利金の支払いによって、その中身が格付け毎に幾つものトランシェに分けられている(エクイティは無格付け)。05年以降に発行された案件には10以上のトランシェで構成されたものがある。サブプライム・ローンの貸出残高(2006年末時点で1兆3000億ドル程度)の過半(7000億ドル程度か)が証券化されており、証券化されていない住宅ローンの多くは貸し手ではなく、貸し手からローンを買い取った金融機関によって保有されている。1)
 このようにして生みだされたサブプライムRMBS(Residential Mortgage Backed Securities ; MBSともいう)の下位メザニンクラス(BBB-以下の複数トランシェ)に対しては、アメリカの伝統的な機関投資家である保険会社や年金基金などはほとんど購入しなかったので、BBB-格のメザニンクラスを集めCDO(Collateralized Debt Obligation : 債務担保証券)を組成してその8割程度をAAAの商品に作り変えて、格付けの高さの割には利回りの高い商品として、ヨーロッパの銀行傘下のSIV(Structured Investment Vehicles)や世界各地の銀行、保険会社等に販売した。RMBSが第一次証券化商品だとすると、CDOはRMBSの第二次証券化商品といえる。BBB-格のメザニンクラスを集めたCDOをAAA格の証券に昇格させるためには、複数のRMBSを束ねることで住宅ローンの地域的分散等が期待できるという理屈がベースになっているが、それ以外にも、発行体がモノラインという保険会社と債務不履行発生の場合に元利金の立て替え払いを受けられるという保証契約を結ぶなどの信用補完が必要になる場合もある。格付け会社はモノライン(金融保証専門の保険会社)に対して、金融危機が発生するまでは、高い格付けを与えていた。2)
 ただし、マクロ経済の悪化局面では、RMBSだけを担保にしたCDOでは地理的分散が存在する(母集団の相関係数が小さい)という前提がもろくも崩れ、格下げが相次ぐことになった。
 なお、CDOには、上に述べたサブプライム・ローン担保証券だけではなく、広義のABSに含まれるさまざまな証券が混合されて担保になっているものがある。
 サブプライム・ローン関連のCDOの2006年発行額は、AAAからAまでのサブプライム担保証券から再合成されたハイ・グレードCDOは1000億ドル、BBB以下格付けなしの同証券トランシェから組成されたメザニンCDOは500億ドルであり、全CDO発行額の約3割を占める。3)

 

(4)サブプライム・ローン問題の発現
1.住宅ローン会社の相次ぐ破綻
 05年頃から住宅ローン金利が上昇したのに加えて、住宅価格上昇率が低下したため、サブプライム・ローンの滞納率が上昇し始めた。06年に貸し出されたサブプライム・ローンは2年以内に35%が6か月以上の滞納となり、07年には貸し出されて1年以内に20%が同様の滞納率を記録した。サブプライム・ローンの滞納が増加したことをきっかけに、ローンを転売できず保有しなければならなくなったモーゲージ・バンク等の住宅ローン専門会社が経営危機に陥った。滞納率が高くなり経営不安が発生し資金調達難になったからである。06年12月には中堅のOwnit が、07年4月には全米2位のNew Century Financial がそれぞれ破綻、また同年8月には住宅ローン最大手のCountrywide Financial が経営危機に陥った(同社は08年にバンク・オブ・アメリカに買収された)。

2.大幅な格下げ
 サブプライム・ローンの滞納率上昇をうけて、格付け会社ムーディーズやS&Pが、サブプライム・ローン担保証券や関連CDOの大幅な格下げを行った。たとえばムーディーズの場合、07年10~11月に、198種類のAaaのCDOを格下げしたが、その中の30種は10段階以上引き下げられ一挙に投資不適格(Ba+格以下)となった。

3.モノラインの経営不安
 サブプライム・ローンの滞納率上昇で、CDOの発行体と保証契約を結んでいたモノラインがサブプライム・ローンの元利金を立て替え払いするケースが増加して、経営危機に陥り、格下げも発生した(モノライン大手のACAの格付けは、07年12月にA格からCCC格に引き下げられた)。これに伴いモノラインの保証を受けたサブプライム・ローン関連証券もさらに格下げを受けることになった。

【2】サブプライム問題が世界に波及

(1)ヘッジファンドの凋落
 ヘッジファンドは2000年代に入って、CDOを含めた資産担保証券に積極的に投資をし、08年の金融危機が発生するまではアメリカの資産担保証券の約半分の取引をしていたといわれる。ヘッジファンドは投資家から資金を集めると同時に、CPやレポ取引で資金を調達し、レバレッジを高めてCDOなどに投資をする極めてリスクの高い活動を行っていた。ところが投資していたサブプライム・ローン担保証券やCDOが急速に、しかも大幅に格下げされたので、ヘッジファンドの投資家はこれを嫌気してファンド解約に走った。ヘッジファンドは解約に応じるために、サブプライム・ローン担保証券やCDOを大量に売却したが、これが証券価格の理論価格以下の大幅な低下につながった。高レバレッジのヘッジファンドの運用益は急減し経営不安が発生したため、資金調達ができなくなり閉鎖に追い込まれたヘッジファンドが続出した。
 よく知られているヘッジファンド騒動に、07年6月にベア・スターンズの傘下のヘッジファンド2社がサブプライムRMBSを再証券化したCDOへの投資で破綻したケースがある。1社はレポ取引で高レバレッジ取引を行っていたようである。

 

(2)サブプライム問題がヨーロッパに波及
 サブプライム問題はヨーロッパにも波及した。07年5月に、スイスの大手銀行であるUBSが自ら運営していたヘッジファンドを閉鎖したが、サブプライム関連証券投資で08年上期までの損失が約425億ドルにものぼった。
 ヘッジファンドと同様に、銀行の非連結SIV子会社が、CPを発行するなどして、やはり高いレバレッジをかけてサブプライム関連商品に投資をしていた(アメリカではシティバンク以外の大手銀行はSIVを運営していない。運営の大半はヨーロッパの銀行。銀行はSIVを設立し、そのスポンサー銀行となることによって、自己資本比率規制の網を潜り抜けつつ収益を上げることを目的としていた)。07年7月にドイツの政策金融機関であるIKBドイツ産業銀行がサブプライム関連証券投資で損失を出したというニュースが流れたが、実際に投資をしていたのは傘下の非連結SIVであり、同社は10月にCP償還不能事件を起こした。
 また8月9日未明に、フランスの大手銀行BNPパリバが、販売した3本の投資信託について損失を出し、基準価格の算出や募集、解約等を一時停止すると発表した。これらの投資信託が一部の資金を流動性の低い(高いと思われていた)サブプライム関連証券で運用しており、サブプライム・ローン問題の発生で日々適正な時価を算出できなくなったからである。
 同じ8月に、ドイツのザクセン州立銀行がサブプライム関連証券投資で460億ユーロの損失を出すとのニュースが伝えられた。同行も自ら運営する非連結のSIVを通じてサブプライム関連証券に投資をしていた。このSIVも米ドル短期金融市場の流動性不足でABCP(資産担保CP)を発行できなくなった。

 

(3)金融市場における流動性の枯渇
 上記のBNPパリバの事件を契機に、世界の金融市場における流動性が急速に枯渇するにいたった。なぜなら、金利の上昇と住宅価格の下落に伴い、サブプライム・ローンのリスクが顕在化し、高レバレッジのサブプライム関連証券の取引が逸早く解消されることになったし、銀行はバックアップラインの発動等傘下のSIV救済の必要性から手元資金を退蔵し、また他行に対しても疑心暗鬼となり銀行間貸出を抑制するようになったからである。
 アメリカ以外の金融機関がサブプライム関連証券に投資する場合には、米ドルを調達する必要がある。しかし銀行間市場がタイトになってくると、ヨーロッパの銀行は銀行間市場での借り入れ更新が困難になった。すべてのABCPの発行体がサブプライム関連証券投資を行っているわけではないが、そのように懸念されてABCPも急速に売れなくなった。
 ABCPはアメリカ市場以外にユーロドル市場でも発行されており、ヨーロッパの銀行はこれに対して流動性を供与していた。ところがドルの市場がタイトになるとヨーロッパの銀行のドル資金調達は容易ではなくなる。上記2例のドイツの銀行のSIVのケースでみたように、CP市場は窮屈になり、銀行のドルの流動性供給は容易ではなくなった。さらに銀行間でドルを通貨スワップで調達しようとしても、スワップのコストが銀行間の貸出金利を上回る状態になってしまった。
 この流動性危機に対して07年8月9日、10日の2日間で欧州中央銀行(ECB)は1558憶ユーロ、ニューヨーク連銀は620億ドルの対市中銀行流動性供給を行った。しかし依然ヨーロッパの銀行のドル資金ニーズは強く、これに応えるべくECBは07年12月に、サブプライム緊急対策として、FRBとの間に200億ドルのドル・スワップ契約を締結した。
 このような流動性危機の中で、07年9月13日に国内での住宅ローンに注力していた英ノーザン・ロック銀行が、資金繰りに窮し、イングランド銀行に緊急融資を申し込んだ。同行はサブプライム・ローン関連商品を多く抱えていたわけではないが、国内で住宅ローン証券化等の市場資金に資金繰りを依存していたのが、世界的な流動危機の中で裏目に出た(新発の証券化商品が売れなかった)。

 

(4)ベア・スターンズの破綻
 上に述べた状況がサブプライム危機の第一波とすれば、米投資銀行ベア・スターンズの破綻は第二波といえる。ベア・スターンズはレポ市場で短期資金調達し、サブプライム関連証券を購入し、これを加工してヘッジファンドを中心とした投資家へ売却する業務を行っていた。また投資家へこれらの証券の購入資金をレポ取引で貸し付けていた。サブプライム問題はこのようなベア・スターンズの脆弱な体質を直撃した。金融市場で貸出先のヘッジファンドがサブプライム関連証券での運用に失敗した結果、貸出金の回収が困難となると同時に、自ら抱えるサブプライム関連証券の在庫を投げ売りしなければならなくなった。しかしこの商品は流動性が乏しく簡単には売れない。08年3月になると同社の資金繰り悪化がささやかれ、銀行をはじめ短期資金を同社に貸していた金融機関は貸出を抑制あるいは圧縮した。最終的に、システミックリスクの発現を恐れた連銀が同社へJPモルガン・チェース経由で緊急救済融資することを決定し、金融市場は一時的な安定を取り戻した。その後、5月にベア・スターンズは、JPモルガン・チェースに買収された。

 

(5)政府支援機関2社の危機
 アメリカでは、住宅価格の下落が、サブプライム・ローンを含む住宅金融全般ならびに消費者金融、消費需要の減退を引き起こし、これが実体経済の減速化へとつながっていった。このような時期に、住宅ローンの購入・証券化を専門的に行うファニーメイとフレディマックという2政府支援機関は、住宅購入者を支援するために金融市場へ流動性を供給することを期待された。その結果、両社は08年末時点で、住宅ローン債権残高5兆ドルを保有するにいたった。このうちサブプライム・ローン分は5%であった。4)
 住宅価格が下落し、サブプライムを含む住宅ローンの支払い遅延が発生していたので、08年7月にリーマン・ブラザーズのアナリストが両社の「債券残高を時価評価すると、大きな債務超過になる可能性がある」と発表した。これをきっかけに、両社の株価が暴落し経営危機が表面化したが、9月にかけて、政府が両社の支払い保証すべてに責任をもつことにし、また両社を政府の管理下におき事実上国有化したので、金融危機の波及を食い止めることができた。

 

(6)リーマン・ブラザーズの破綻と危機の世界への波及
 ところが同じ08年9月に世界的な金融危機が発生する。投資銀行のリーマン・ブラザーズが破綻し、サブプライム危機の第三波が発生する。米投資銀行は90年代後半以降、従来の証券引受中心の経営から自ら資産を保有してリスクを取っていく経営に変化するが、リーマンも同様に、高いレバレッジをかけて、債券や不動産担保証券、株式、通貨などを売買する業務に重点を移している。リーマンの07年度の保有資産のうち36%は証券化目的の不動産ローンと不動産ローン担保証券、売却用不動産であり、16%がファニーメイやフレディマックが発行した住宅ローン担保証券であった。すなわちリーマンのビジネスの半分は不動産関連であり、住宅価格の下落に弱い経営体質であった。5)
 このような体質であったので、実体経済の悪化により、リーマンの保有するサブプライム関連証券のみならず、商業用不動産担保証券や不動産関連の業務が悪影響を受け、同社は6月発表の3~5月の4半期決算で、上場以来初めて27.7億ドルの赤字決算となった。その後救済の動きがあったが、黒字倒産であり担保も存在したベア・スターンズと異なり、赤字決算でしかも担保がないという理由で公的資金も注入されず、最終的に9月15日に連邦破産法第11条を申請し経営破綻した。ちなみに、負債総額は6130億ドルで、アメリカの倒産史上最大であった。
 リーマン・ブラザーズの倒産によって引き起こされた国際金融危機をリーマン・ショックと呼んでいるが、リーマン・ショックによって、国内外の金融市場は機能麻痺に陥った。金融機関同士お互いの経営状態に不信を抱き、金融取引が極端に収縮した。象徴的であったのは、銀行間金利LIBOR3か月物の金利が、リーマン破綻直前の2.8%から4.8%へ急上昇したことであり、国際市場から一時ドルが蒸発した。日欧米の主要中央銀行は、これに対して協調して各国市場にドル資金を供給し、事態の収拾を図った。
 リーマン・ショックに引き続き、アメリカの大手保険会社であるAIGの救済問題が発生した。AIGは、08年上半期決算で132億ドルの赤字となったことを発表したが、赤字の原因は、CDO等住宅関連証券の評価損と下に述べるCDS取引の損失であった。FRBは、事の重大さを認識し、9月17日に、850億ドルにのぼる融資を約束した。その理由は、AIGには融資返済ができる十分な資産があったこと、またAIGはクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場の中心的売り手であり、AIGが破綻すれば、債務不履行のリスクを、CDSを買うことによってヘッジしている債券やCDOなどの世界中の投資家が狼狽売りする可能性があり、それが証券価格の暴落や、金融市場の混乱、金融機関の倒産につながる恐れがあったからである。FRBのこの措置によって、金融市場の波乱は一応避けられた。
 リーマン・ショック後、金融危機の波がヨーロッパの銀行に及び、銀行への公的資金注入や国有化が相次いだ。例を挙げると、9月28日にベネルックス3国政府が、ベルギー最大の金融コングロマリットフォルティスの自国部分を国有化した。また10月13日にイギリスでは、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドなど主要3行が、その後ドイツではバイエルン州銀行とコメルツ銀行、フランスではクレディ・アグリコルなど大手6行が公的資金注入を受けた。

【3】おわりに

 以上みてきたように、サブプライム問題は、アメリカから世界の金融市場へ波及し、銀行の倒産や国有化、金融市場の流動性危機を発生させた。サブプライム金融恐慌と呼ばれる所以である。また、アメリカのサブプライム・ローン関連商品に対して、ヨーロッパを中心に世界の投資家が高い格付けの割には利回りがいい商品と判断して投資を行い、痛手を受けたわけであるが、その行動の背景には世界的なドル過剰が存在したことに留意しておく必要がある。さらに、この金融危機は、証券市場やそのプレーヤーである投資銀行、保険会社、ヘッジファンド等、従来の銀行中心の金融危機とは異なる場所で発生しており、このことが金融システムを安定させるための新しい金融監督のあり方を要請しているのである。

 


1)江川 [2007] 81ページ
2)岩田 [2009] 53ページ
3)岩田 [2009] 54ページ
4)中空 [2009] 101−102ページ
5)岩田 [2009] 106ページ

 

参考文献
伊藤 誠 [2009]、『サブプライムから世界恐慌へ』 青土社
岩田規久男 [2009]、『金融危機の経済学』 東洋経済新報社
江川由紀雄 [2007]、『サブプライム問題の教訓』、商事法務
小林正宏・大類雄司 [2008]、『世界金融危機はなぜ起こったか』 東洋経済新報社
中空麻奈 [2009]、『早わかりサブプライム不況』 朝日新聞出版
春山昇華 [2007]、『サブプライム問題とは何か』 宝島社
みずほ総合研究所 [2007]、『サブプライム金融危機』 日本経済新聞出版社
米倉 茂 [2008]、『サブプライムローンの真実』 創成社