経済学部教員の書籍(2022年度発行)を紹介します。それぞれの著述の概説は、教員自身によるものです。書店や図書館で、見かけられたり、興味をもたれたら、ぜひ手に取ってみてください。


「アメリカのTVAによる窒素肥料の開発と普及—民間企業への無償技術移転と州農業機関の活動を中心に」足立 芳宏 編『農業開発の現代史:冷戦下のテクノロジー・辺境地・ジェンダー』(第2章)、京都大学学術出版会、2022年7月

 本書の内容を出版者である京都大学学術出版会は次のとおり紹介している。すなわち「冷戦体制下、人と自然のありようをテクノロジーが根底から変化させ、食と農の営みが土から遊離した」ことはとりわけ重要であるという。そのうえで「工業化ばかりが語られがちな戦後史」について、新たに「農民の近代科学受容の経験と農村女性が担った役割の変化をグローバルな視点から描」いたのが本書であるとする。
 名和は第2章「アメリカのTVAによる窒素肥料の開発と普及—民間企業への無償技術移転と州農業機関の活動を中心に」を担当した。そのなかで、第1節「化学革命とアメリカ農業」においては、アメリカにおける1930年代以降の土地生産性の上昇を明らかにしたうえで、その要因として化学肥料の普及を指摘する。さらに、これに関してテネシー河域開発公社(TVA)の果たした役割がこれまで見過ごされてきた点を浮き彫りにした。つづいて第2節「TVAによる化学肥料三要素の開発と普及」では、リン酸とカリについては19世紀の比較的早い時期から普及したもののアメリカにおける窒素肥料の利用は遅れ、第二次大戦期以降に本格化した点を確認した。その際にTVAは、新開発技術の特許を確保したうえで公開し、多数の企業に技術ライセンスを無償供与したことを明示した。これにより当該産業における独占や寡占が阻止されて、価格の低減のみならず、多様な土壌に最適対応可能な化学肥料供給体制が確立した点を明らかにした。さらに第3節「農場への化学肥料の導入」においては、州立大学や農業改良普及所、州の農業試験場が各地の土壌に適した施肥方法などを研究して公開したこと、あわせて化学メーカーも販売員を農業資材小売店に派遣して情報提供に努めたことを示した。これらの情報は農家にとって化学肥料購入時に参照され、活用されたのであった。第4節「化学肥料の開発と普及にみるTVAの意義と限界」においては全体をまとめたうえで、本研究がTVAに関するこれまでの研究を、どのように前進させたのか具体的に明示した。【名和洋人】


『アジア経済の現状とグローバル資本主義』編者=SGCIME 著者=土肥誠、菅原陽心、田優、徐一睿、松尾秀雄、樋口均、クオック・リェム・リー、佐藤公俊、澤田貴之、清沢洋、河村一、田中史郎、田中裕之「中国経済への類型論的アプローチ」(第5章)御茶の水書房、2022年6月

 カール・マルクスは1818年に生まれた学者であるが、経済学の方法として、夾雑物の存在を一切排除した架空の社会を経済世界の存在として想定し、その純粋社会を対象に『資本論』として抽象化した。宇野弘藏は、1897年に生まれた学者であるが、岡山・倉敷に生を享けた。当初はマルクスの方法をそのまま踏襲したのだが、途中で、経済学の方法を独自なものとした。国家や家族人間社会の現象は、けっして消極化できない問題だと気付いた。原理論の世界は純粋な商品経済の世界でよいのか、それは相当、現実離れしているではないか。だから、現実を分析するには、時代や地域とともに変化し、その違いをタイプ化した、もう一つの理論領域がなければならない。資本主義の段階論が必要なのだ。原理論は、あらゆる資本主義の共通の現象をあつかう理論だ。そのほかに、領域としては狭いが、段階論ともいうべき理論の、二刀流の理論の武器をもつべきだ。このような理論が宇野理論であろう。
 山口重克などの、宇野理論後継者たちの先達は、それでも満足しなかった、原理と類型論(段階論)との距離は大き過ぎる。家族や国家などの問題は、人間社会の根幹の問題ではないのか。非市場の諸問題を何とかして原理の内部の問題として論理的に説いてみたい。みんな野心に燃えて研究に没頭してゆく。
 しかしそうは簡単には問屋は卸してくれなかった。宇野の体系の完成度はあまりにも高すぎた。国家や家族を原論の内部で論理的に説明するには、共同体の問題と商品経済の問題の折り合いをつけなければならず、これらは、水と油の関係にあると思われたのである。山口重克の経済原論では、ブラックボックスの内部に収める形で議論されている。
 今回の中国経済の諸類型をあつかった論文では、さまざまな先行研究を素材にして、類型論的研究方法がどこまで有効かを確認した。例えば、家族にさまざまな諸類型があり、分析には有効であると指摘した。しかしながら、類型に相違はあるのはもちろんであるが、共通にみられる原理を発見することが不可能であろうか。わたくしは新しい発想法でこの問題を解決したい。原理には、贈与行為と交換行為と市場的な交換行為がなめらかに連続して人間の行為そのものの発展として説ける余地がある。そうみれば、人間社会の豊富な諸現象が解明できる。この論文では、このような問題意識を背景に、研究の発展の可能性を探ってみた。【松尾秀雄】


経済学部教員の書籍(2021年度発行)を紹介します。それぞれの著述の概説は、教員自身によるものです。書店や図書館で、見かけられたり、興味をもたれたら、ぜひ手に取ってみてください。


岡本耕平監修、阿部康久・土屋純・山元貴継編『論文から学ぶ地域調査 地域について卒論・レポートを書く人のためのガイドブック』,ナカニシヤ出版,2022年.

 地域調査をして卒業論文やレポートを書く人の参考になることを願ってまとめられた書籍です。書名の中の「論文から学ぶ」という部分が特徴です。23人の著者が、これまでに自分が書いた学術論文や報告書・書籍掲載論文などについて、どのように調べて、どのように書いたのかを紹介しています。論文ができあがる前の「どんなことに困ったか」も書かれています。地理学を研究背景とする執筆者による書籍ですが、「産業の歴史を調査する」、「都心居住者の職住関係を明らかにする」、「地場/地域産業で卒論を書く どう調査し、どう結果を学術的に解釈するか?」、「産業から地域をみる スペインワイン産業の研究」、「グローバル化と食料の生産空間 インドネシアにおけるエビ養殖のネットワーク」というような経済学部で学ぶ皆さんにも関心を持ってもらえるテーマもあるかと思います。私は経済学部の「産業社会の経済学入門」というリレー講義を受けてもらう1年生を思い浮かべて第24章「大型ショッピングセンターはどこにあるのかを調べる」を執筆しました。【伊藤健司】


佐伯靖雄編著『東北地方の自動車産業−震災から十年、経済復興の要として−』晃洋書房、2021年11月。(6章「地場産業の参入—岩手県生産設備関連企業の事例—」補論1「分工場型経済圏における自動車産業—地域産業連関表を用いた取引構造の実態分析—」)

 本書は2019年に上梓した『中国地方の自動車産業』の続編である。東北地方の自動車産業は完成車企業の本社機能が中核となる中国地方のそれとは異なり、トヨタ自動車(以下、トヨタ)の分工場と進出系部品メーカーが集積の核となっている。2011年の東日本大震災をきっかけに、トヨタは東北に立地していたセントラル自動車、関東自動車工業(どちらもトヨタ系列)といった完成車企業、そしてトヨタ自動車東北(部品生産)の3社を結集し、トヨタ自動車東日本(TMEJ、2012年)として稼働させた。
 この新体制ともいえる中核企業を中心に、本書では東北地方に顕在化する同産業集積の現状と課題を地域自動車産業論の分析視角から明らかにすることを意図している。とりわけ、東日本大震災から10年を経た同地方での経済復興の展望と持続可能な地域経済への貢献を自動車「産業」の立場から考えることを主眼に置いた。
 本書で筆者は、東北の地場産業の立場からどのように自動車産業に参入したか、その関与のあり方を生産設備企業の立場から検討したことに加え、東北のような分工場型経済圏における産業構造のあり様を、地域産業連関表を用いた実態分析から明らかにすることに努めた。【太田志乃】


単著 「ものづくりと人々の暮らし」三恵社、2020年12月


 「ものづくり」の歴史は人類の歴史とともに古く、人類は「ものづくり」を続けて今日に至っています。そうした歴史の中で変化してきた「ものづくり」のあり方。それでも変わらずに「ものづくり」の中にあるもの。この両方について、打製石器から人工知能(AI)に至る「ものづくり」の歴史をひも解きながら考えていきます。「ものづくり」が人々の暮らしの中でもつ意味を伝えようとしたブックレットです。
 小学校高学年くらいの子どもたちにも分かってもらえるような文章にしました。全体で10回のお話しをする形式となっています。子どもたちに語りかけるスタイルですが、私の講義「産業技術論」のエッセンスが詰まっているので、「産業技術論」の小学生版と言ってもいいでしょう。
 読み終えた子どもたちが、「『ものづくり』って面白い!」と思ってくれると良いのですが・・・。【渋井康弘】


『名古屋陸軍造兵廠鷹来製造所 ‐春日井から見た“まちづくり・大学づくり・ものづくり”』「ふるさと春日井学」研究フォーラム 渋井康弘・金子力・大脇肇、三恵社、2020年8月

 第二次世界大戦中、愛知は大変激しい空襲に見舞われました。当時から「ものづくり」に長けていた愛知には、戦中、その技術を兵器づくりに用いた軍需工場が数多くあり、それらが爆撃のターゲットとなったのです。名城大学附属農場がある春日井の鷹来キャンパスも、そうした軍需工場のひとつである名古屋陸軍造兵廠鷹来製造所でした。
 今、名城大学の学生が学ぶこの場所で、かつては学びの機会を奪われた動員学徒たちが兵器づくりに従事していました。また軍需工場にはパンプキン爆弾と呼ばれる巨大爆弾が投下されました。それは米軍の中でさえ秘密にされていた長崎型原爆の模擬爆弾でした。それらの歴史をコンパクトにまとめたのが、このブックレットです。
 多くの軍需工場で用いられた技術が、戦後の平和な時代になると民生用製品の技術に転換されていきました。その転換を推し進めた人々の努力が、今日の「ものづくり愛知」を支えるひとつの土台になっているということも、あわせて読みとって頂ければ幸いです。【渋井康弘】


「エネルギー・環境政策——エネルギー自立から気候変動対策へ」河崎信樹・河音琢郎・藤木剛康(編)『現代アメリカ政治経済入門』(第8章)ミネルヴァ書房、 2021年10月、146-161頁 。
(ISBN: 9784623092673)

 アメリカは近年、政治経済の行き詰まり、中国との大国間競争、さらにコロナ禍のなかで苦闘している。こうした激動の中でもアメリカは、世界秩序において今なお中心的な地位を占め続けている。本書はその政治・経済・外交を網羅的に学べるテキストであり、各論点をそれぞれ専門の研究者が執筆したものである。特に政治と経済の両方を包括的に取り扱った点に特色をもつ。本書を読みすすめることで、①アメリカ経済の長期的変化と経済的格差拡大の背景、②トランプ政権成立の背景と国内政治の重要課題、③冷戦後アメリカの対外政策、などの体系的な知識を獲得可能である。
 本書において名和は、第8章「エネルギー・環境政策 — エネルギー自立から気候変動対策へ」を担当した。そこでは21世紀初頭までの政策展開を概観したのち、2010年代のシェール革命のインパクト、再生可能エネルギーの世界的な伸長を踏まえたうえで、オバマ、トランプ、バイデン各政権の政策を明らかにした。その際は、環境政策に積極的な民主党と消極的な共和党の党派間対立、あるいは各州個別の環境対策にも踏み込んだ。【名和洋人】


JinHyo Joseph Yun, Xiaofei Zhao, KyungBae Park, Giovanna Del Gaudio & Yuri Sadoi (2021), New dominant design and knowledge management; a reversed U curve with long head and tail, Knowledge Management Research & Practice, Knowledge Management Research & Practice, Published online: 21 Aug 2021

 本論文はイタリア(ナポリ)、韓国(大邱)、日本(名古屋)の3か所でそれぞれ現地調査を実施した共同研究であり、基本デザインが時間経過によりどのように変化し、その変化の地域性を分析することを目的としている。研究対象として、基本デザインが出来上がってから100年以上経ている「自転車」を取り上げ、電気自転車が出現し、多様化、デザイン進化が進んでいる背景や変化進度について3か所の調査国・地域において比較分析した。
 電気自転車はどのように進化しているのか、その基本デザインは何か?、3地域での電気自転車の進化とそれぞれの地域での特徴的なデザインの出現の違いは何か?について調査するため、韓国、イタリア、日本の3都市を各国研究者が分担し、現地での観察調査、アンケート調査、インタビュー調査を行った。
 調査の結果、ナポリは、ファットタイヤの電気自転車が支配的デザインであり、新市場創造段階にある。大邱は、技術ベースの新市場創造段階にあり、電気クイックボードが支配的なデザインである。名古屋は、従来の自転車と同じデザインの電気自転車デザインで、技術進化既存市場が中心であるという点を提示し、3都市の異なる特徴を明確にした。【佐土井有里】


Jinhyo Joseph Yun, Xiaofei Zhao, Sun Ah Kim, & Yuri Sadoi (2022), Open Innovation Dynamics of Furniture Design and Function: The Difference between IKEA and Nitori, Science, Technology & Society 27: 2 (2022): 172-190

 本研究はグローバル家具企業であるIKEAとニトリを取り上げ、韓国と日本におけるオープンイノベーション戦略について分析している。
 本研究は、「家具のデザインと機能に関するオープンイノベーションにおいて、IKEAとニトリにはどのような相違点があり、韓国の日本において両社の違いはあるのか?」という問いに答えることを目的としている。
 調査方法として、韓国と日本のIKEAとニトリ両社店舗での観察調査、デザイナーや技術者を対象にした両社の製品のイノベーション戦略に関するアンケート調査とインタビュー調査を行った。
 調査結果では、イケアのオープンイノベーション戦略は、工学的知見による高度な家具デザイン、ITなどの新技術との融合による斬新な家具機能・デザイン、創造的デザインアイデアのフロンティアの追求など、主に工学的なオープンイノベーションを追求している。反面、ニトリは、主に国内・地域要件に特化した顧客のニーズを追求するオープンイノベーション戦略、利用者の立場に立ったデザインや機能の追求を推進しているという傾向が明らかになった。【佐土井有里】


経済学部教員の書籍(2020年度発行)を紹介します。それぞれの著述の概説は、教員自身によるものです。書店や図書館で、見かけられたり、興味をもたれたら、ぜひ手に取ってみてください。


共著 第8章「中国地方の自動車産業集積と地域金融機関」、佐伯靖雄編著『中国地方の自動車産業:人口減少社会におけるグローバル企業と地域経済の共生を図る』晃洋書房,2019年8月

 完成車企業マツダが中核となる中国地方の自動車産業集積は、三菱自動車水島工場や地場部品企業などから成り、同地方における雇用の受け皿となっている。一方で、近年の自動車産業においては自動車の電動化やMaaSといった、従来とは異なる質の競争が激化しており、中規模企業であるマツダや三菱自は生き残りをかけた対応に急いでいる。加えて人口減少が著しい中国地方では、ものづくりを続ける上での課題にも向き合わざるを得ない。同地の産業集積を視るには、以上のようなグローバル競争の論理、そして地域の集積維持の論理といった両面から分析する必要がある。
 上を踏まえ本章では、中国地方の自動車産業集積を支える金融機関を取り上げ、他の集積地にはみられない取り組みに注目した。例えば1970~90年代のマツダ(当時は東洋工業)の経営再建期において大手銀行が果たした役割や、集積の育成において地方銀行が担ってきた支援活動などが挙げられる。特に地方銀行である広島銀行は、法人営業部内に自動車関連担当室を設けマツダを中心とする取引網の把握に努めるほか、自動車関連企業に対する細やかな経営コンサルティング機能を強化している。取引網把握については、顧客である部品企業の固有技術とマツダのものづくりとの関係性を深堀し、顧客企業の経営悪化に対しては速やかに対応する体制につなげている。ある部品企業のラインが停まるとマツダを中心とする自動車産業の流れが中断する。マツダのような中堅企業は、トヨタと比すとその取引先は限定され、地場部品企業への依存度も高い。広島銀行はこの点に着目し、自動車産業を軸とする地域経済循環を重視しているのである。
 このような金融機関による取り組みは他の集積地には確認されない活動であり、同地における自動車産業と地元企業の関りの深さを示しているものともいえる。本章では以上の事例を、地域金融機関による産業集積への関与の萌芽モデルとして整理した。【太田志乃】


共著 第2章「EV化が自動車産業へ及ぼす変化とは:ものづくりの変化から考える」、中島聖雄他編『「100年に一度の変革期」を迎えた自動車・部品産業の現状と課題』拓殖書房新社,2019年10月

 グローバルにEV化が進むのは、各国(地域)政策と自動車、自動車部品企業による技術開発の両面からみても当然である。特に中国のような世界最大の自動車消費国、かつ生産国が政策として電動化を進めていることからも、ゼロエミッションモビリティの投入は自動車企業にとっても喫緊の課題となっている。
 EV化、すなわち市場に投入するモビリティの多くを電気自動車にする背景には、EVが化石燃料の枯渇と地球温暖化対策に資するという立場にある自動車産業先進国とEV及び関連部品生産誘致を企図する後進国とで異なる。また、昨今ではEV生産の過程まで踏まえると必ずしも内燃機関車に比べてCO2排出量が小さいとはいえない旨の試算も発表されているが、今後を考えるとEV化が進むというよりもむしろ、電動化が進む内燃機関車への対応も含め、自動車部品の電動化が進むといった方が正論だろう。
 この部品電動化が拡大するなかで、搭載部品そのものの変化だけではなく、そのつくりかたも異なっていくことに本章は注目した。つくりかたとは、生産設備を用いたHow to makeではなく、関連企業がどのように事業を構築するのか、開発手法をいかに効率化させるのか、そしてデジタル技術活用が叫ばれるなかで、生産・開発手法をどのように変化させるのかといった観点である。自動車の電動化が進むと、従来よりも半導体など電子部品の搭載量が多くなる。その結果として部品単価が上がり、車両そのものも高額になる。少しでも車両価格を安価におさえるために、部品企業、完成車企業は上のような「つくりかた」工夫に迫られるのである。
 昨今よくある議論は、EV化が進むと部品点数が減り、従来の自動車産業の特徴だった垂直統合型の産業構造が変容するといったものである。自動車が完成形を迎えるまでのサプライチェーンを考えるとそれは至極当然だが、本章が強調したように、まずはその一翼となる企業の取り組み変化に注目することも肝要だろう。【太田志乃】


オリヴァー・シュヴェーデス編,三上宏美監訳『交通政策 ドイツにおける新しい潮流』ミネルヴァ書房, 2019年10月
分担(翻訳):「第9章モビリティの社会化-社会形態と利用交通手段の関係」「第14章余暇における交通行動と余暇交通」



 本書は、ベルリン工科大学のOliver Schwedes教授が編纂した“Verkehrspolitik : Eine interdisziplinäre Einführung”の全訳である。
 本書はドイツの交通政策とその背景、課題について述べた解説書である。ただし、本書の狙いは個々の具体的な交通政策を解説することではなく、交通政策を考える上で必要な、多様な論点や議論の枠組みを示すことである。
 本書の各論文は、交通政策分野の入門とされるものである。そこではまず、交通について、社会、人間、環境、経済、科学という中心となる要素との関連性が示される。また、交通安全、交通の社会化、公共交通といったいくつかのテーマが、交通政策の視点から論じられている。
 このうち、「第9章モビリティの社会化-社会形態と利用交通手段の関係」(Claus J. Tully, Dirk Baier,“Mobilitätssozialisation”)では、人々の日常生活の行動は、人々が使用可能な交通機関や交通インフラ、また交通法規などの関連諸制度によって規定されること示し、これを「モビリティの社会化」と名付けている。そして、モビリティの社会化は、人々の年齢階層や所得水準、居住地域によって影響を受けることが示されている。
 また、「第14章余暇における交通行動と余暇交通」(Thomas W. Zängler, “Freizeitmobilität und Freizeitverkehr”)では、先ず、余暇交通は、その複雑性と多様性のために、20世紀末まで交通統計上十分解明されておらず、基本的に「その他」として扱われてきたことが示されている。しかしながら、余暇交通は旅客交通全体の1/3を占め、旅客交通に大きな影響を与えている。このため、本稿は、実証データを用いて余暇交通とその動機を表すモデルを展開している。【山本雄吾】


Energy, Environmental and Economic
Sustainability in East Asia – Policies and
Institutional Reforms
Lee, Soocheol / Pollitt, Hector / Fujikawa,
Kiyoshi (Eds) (2019)
London/New York: Routledge
(Routledge Studies in Sustainability).

 本書は、日本・中国・韓国・台湾を中心とする東アジア諸国の持続可能な未来に向けたエネルギー・環境・資源利用関連の制度改革の方向性を明らかにすることを目的としている。そのために本書では、パリ協定で示された2℃目標達成に向けて、各国の環境・エネルギー・資源政策が2050年までに環境と経済にどのような影響を及ぼすのかを、E3MEマクロ計量経済モデルを用いて、以下のような3部構成で定量的な評価を行っている。
 第1部では、東アジア諸国で持続可能な低炭素経済を実現するには、どのような電源構成であるべきかを明らかにしている。すなわち、東アジア諸国で原発と石炭火力発電の規制、そして炭素税と 固定価格買取制度の政策が同時に実施される場合に、いずれの国においても、再生可能エネルギーなど低炭素投資促進、エネルギー輸入の縮小などにより、経済にネガティブな影響を及ぼすことなく、2℃目標を達成できると結論づけている。
 第2部では、東アジア諸国における産業、交通、ビル(熱・空調部門)部門で政治的に受容可能な低率の炭素税(2050年までに二酸化炭素1トン当たり3000円~5000円ほど)と、低炭素補助金(電気自動車補助金など)、及び低炭素規制(燃費規制など)が効果的にデザインされた場合、各部門での低炭素技術促進により経済活力が失われることなく、2℃目標達成が可能であることを明らかにしている。 
 第3部では、東アジアの急速な工業発展を支えてきたエネルギー、資源の持続可能な利用に向けた制度改革の方向性を示している。すなわち、資源枯渇と資源利用による環境影響の両面で影響を抑えるためには、これらを内部化する資源税の導入が必要であり、バーチャルウォーターの越境移動についても水源保全税の必要性を明らかにしている。そして越境汚染に対しては、東アジア諸国で緊密な政策協力ができるように法的根拠を伴うガバナンスの構築を提案している。【李 秀澈】


経済学部教員の書籍(2018年度発行)を紹介します。それぞれの著述の概説は、教員自身によるものです。書店や図書館で、見かけられたり、興味をもたれたら、ぜひ手に取ってみてください。


奥野正寛[編]・猪野弘明・井上朋紀・加藤晋・川森智彦・矢野智彦・山口和男,『ミクロ経済学演習第2版』,東京大学出版会,2018.

 本書は、学部レベルのミクロ経済学の標準的教科書である【奥野正寛[編著]、『ミクロ経済学』、東京大学出版会、2008】に対応した問題集の第2版です。初版から大幅に問題数を増やすとともに、政策に関係する問題も充実させました。学部レベルのミクロ経済学のスタンダードな内容についてのものです。ミクロ経済学の2本柱である価格理論とゲーム理論・情報の経済学についてバランスよく問題が配されています。効用最大化問題を解くような基本的な問題とともに、企業の合併が経済厚生に与える影響を考えるような政策的な問題も含まれています。また、割り勘をめぐる駆け引きを考えるような楽しげな問題も含まれています。詳しい解答とともに、問題の経済学的意味についての解説も記載されています。
 ミクロ経済学の確かな理解のためには、問題を解くことが重要になります。ミクロ経済学に関連する授業の後に、本書の問題を解くのもよいでしょう。奥野[編著] (2008)、あるいは、ほかの学部レベルのミクロ経済学の教科書を読みつつ、本書の対応する問題を解くのもよいでしょう。星印が付いた問題だけを解けば一通りの理解ができるようにもなっているので、それだけ解いて速習することも可能です。少し難しい問題もありますが、ミクロ経済学をしっかり理解したい方はぜひ挑戦してみてください。【川森智彦】


共著『Climate Change Mitigation and Sustainable Development』edited by Rajah Rasiah, Fatimah Kari, Yuri Sadoi, and Nazia Mints-Habib
Routledge, Oxon UK & New York USA 2019

 本書はマレーシア・マラヤ大学をハブとして集まったマレーシア、英国、米国、中国、韓国、日本、バングラデシュからのASEAN研究者チームによる長期プロジェクトの成果として2017年にマレーシア・マラヤ大学で国際学会『Climate Change Mitigation and Sustainable Development』を開催し、その研究成果を著書として出版したものです。
 本書では、地球温暖化問題は人類の存続における最も深刻な脅威の一つであるという背景のもと、気候変動と地球温暖化の緩和に関する最近の世界的な取り組みを形成してきた主な論点について調査・研究しています。各章では、東南アジアの国単位、または、数か国のグループ単位で気候変動緩和に対する施策について調査・説明しています。
 序章の導入部に続き、第2章ではASEAN全体の気候変動緩和見通しについて分析し、第3章では所得格差と環境持続の可能性についてASEAN5か国のデータを用いて分析しています。第4章ではマイクロファイナンスの取り組みについて、第5章では農家の環境に対する取り組みについて述べ、第6章ではマレーシアの水素自動車、7章では、Euro4排ガス規制の取り組みについて、8章では気候変動に伴う影響について述べています。【佐土井有里】


谷村光浩・程雅琴 2018 (程雅琴 译), 「徽州商人生活方式的考察视角, 以及“可想象的治理”记述—作为构建“量子城市治理”理论的案例研究」, 王名主编『中国非营利评论』, Vol.22 No.2, pp.176-204, 北京, 社会科学文献出版社. 

Standpoints for Observing the Hui Merchants’ Way of Life and Descriptions of “Conceivable Governance”:
A Case Study for Developing a Paradigm of “Quantum Urban Governance”



 2004年、国連大学「開発と都市の未来」研究事業を通じて、谷村光浩は「パラレル“居住”」[十分な解を確保するため、複数の空間を行き来して、同時化させながら“住まう”状態]論を提起しました。その後、量子物理学の“多世界解釈”にヒントを得た「量子都市ガバナンス」[Quantum Urban Governance](2006)という新たな視座を掲げ、旧来の都市開発アプローチを再考しました。
 この研究には中国・清華大学等の諸氏も注目くださり、量子物理学の解釈問題を起点に発想した「物理学からの類推より“考えられるガバナンス”の記述」(2009)、移民研究の見直しをベースにした「移動する人々をめぐる論考からの類推より考えられる“量子都市ガバナンス”の記述」(2012)、明・清の「徽州商人のくらしが考究される視座、そして“考えられるガバナンス”の記述」(共著 2013)は、それぞれ中国語に訳出され、査読を経て『中国非営利評論』の所収論文(それぞれ2011; 2014; 共著2018)として刊行されました。
 徽州の歴史・文化などに通じた程雅琴氏と谷村光浩との共同作業として進めた本論文(共著 2018)では、「パラレル“居住”」と見てとれる「徽州商人のくらし」に関わる論考を踏まえ、多世界解釈からの類推より、それまでに取りまとめていた「多“居住”/多アイデンティティ解釈」等の記述に補筆を試みています。
 詳細は研究室HPをご覧ください。【谷村光浩】


Energy Systems and Low-Carbon Policies in East Asia Focusing on Japan and South Korea

 2015年のパリ協定の成立により、世界のほとんどの国(196カ国)は、今世紀中に地球気温の上昇を2℃以下に抑えるため、温室効果ガスの大幅な排出削減を行わなければならない。日中韓を中心とする東アジアの国も例外ではない。世界銀行は、温室効果ガスの有効な削減手段として、温室効果ガス排出に費用を負担させるカーボンプライシングを提唱している。カーボンプライシングの代表的な例として、炭素税など化石燃料消費に対して税を賦課する方法と、 排出権取引制度など排出上限以上に排出する企業は上限以下に排出する企業から排出枠を購入することを義務付ける方法がある。
 日本は2012年にアジアでは初めて二酸化炭素1トン当たり約300円(ガソリン換算で約0.7円/ℓ)の炭素税を導入しており、韓国は2015年にアジアでは初めて全国規模の排出権取引制度を導入した。アジアの2つの先進国が、こうしたカーボンプライシングを導入することは望ましいことであるが、日本の炭素税は欧州に比べて超低率であり、韓国も緩い排出上限枠の設定などにより、温室効果ガス排出者に十分な削減インセンティブを提供していない。温室効果ガスの大幅な削減を誘導する低炭素政策は、地球環境保護だけでなく、 電気自動車や水素自動車、エコ住宅、再生可能エネルギーなど 関連した低炭素商品や産業を育み、経済にも良い影響を及ぼす。日韓両国は、現在の化石エネルギー中心のエネルギーシステムを低炭素エネルギーシステムへ転換させるために、より積極的な低炭素政策へ舵を切るべきであろう。【李秀澈】



経済学部教員の書籍(2017年度発行)を紹介します。それぞれの著述の概説は、教員自身によるものです。書店や図書館で、見かけられたり、興味をもたれたら、ぜひ手に取ってみてください。


佐土井有里編著『日本・台湾産業連携とイノベーション』創成社、2017年

 日本と台湾の産業連携は長い歴史的背景をもつ。第2次世界大戦後1953年の時点で日本企業の対台湾投資は再開され、戦後復興間もなく日台産業連携は再開された。1960年代に入ると日本企業が台湾に直接投資や技術提携を活発化し、1970年代後半から80年代にかけて台湾政府は強力な産業高度化政策を全面に押し出し、総力を挙げて産業構造改革と技術革新を進め、半導体、電子電機産業の強化を推し進めた。その結果、特に半導体、電子産業での国際競争力を急速に強めることとなる。

 1990年代に入ると日台産業連携の内容に徐々に変化が生じる。台湾企業の急速な技術高度化に伴い、研究開発・イノベーション連携、日台企業間関係の水平化や日台双方の優位性を活用しての第3国への進展へと進む。2010年の台湾と中国の「両岸経済協力協定(ECFA)」締結は、台湾の中国投資を加速させ、その結果、日本企業の台湾活用型中国投資、台湾企業の日本活用型中国投資の重要性が高まっている。

 本書では、日台産業連携における変遷と現状について、双方のメリット、連携推進政策から分析し、各章では、商社、食品産業、電子・半導体産業、EV部品産業の事例について紹介している。


谷口明丈・須藤功編『現代アメリカ経済史:「問題大国」の出現』有斐閣、2017年

 本書は、世界大恐慌からリーマン・ショックまでの80年にわたるアメリカ経済の歩みを、経済と経済政策、金融、企業経営、社会保障といった大枠のなかで整理し、個別テーマごとに明らかにしたものです。なお本書は『週刊ダイヤモンド』2017年12月30日・2018年1月6日合併号の「経済学者・経営学者・エコノミスト111人が選んだ2017年『ベスト経済書』」第17位にランクインしました。

 名和洋人は、第5章「自由化と生産調整の狭間で──農業大国の展開」を担当しています。1930年代にアメリカ連邦政府が開始した農産物の生産調整と価格支持に焦点をあて、21世紀初頭までの政策展開を示しました。1950年代以降の自由化つまり政府介入の縮小については、小麦や綿地帯の反対のなかで、トウモロコシ等の飼料穀物部門がアグリビジネス部門や都市部とともに賛成・推進した点などを描きました。アメリカ、欧州、日本、新興国とつづいた所得上昇に伴う食の高度化と畜産需要拡大をうけて、大量の需要獲得に成功したからです。経常収支と連邦財政の双子の赤字削減への要請も、このトレンドを加速させました。さらに、1970年代のバルク農産物、1980年代以降の高付加価値生産物、これらが国際競争力を獲得した経緯にも言及しました。


松本伊智朗編『子どもの貧困を問い直す---家族・ジェンダーの視点から』法律文化社、2017年

 戦後、経済成長の中で解消したと思われてきた貧困が、この20年間の労働市場の変容の中で深刻化し、改めて社会問題となっている。近年の貧困は働き盛りの現役世代におよんでいることが特徴で、親たちの貧困が子どもたちの貧困を引き起こす事態に至っている。家族が生活できるだけの賃金が保障される雇用につくことは貧困解消のための不可欠の施策であるが、雇用が劣悪であっても、失業手当や生活保護、子ども手当などの社会保障、各種の教育給付がしっかりしていれば、子どもたちが貧困に陥ることはない。実際、ヨーロッパではそのようにして貧困を回避してきた。

 しかし、日本では生活や教育に必要な費用やケアの確保を社会保障ではなく家族の自助努力に任せており、子どもが貧困に陥りやすい社会構造となっている。また、女性は質のよい雇用から排除されがちであることやDVなどで生活基盤を失いやすいことも、子どもを貧困に追い込む要因となっている。

 本書は日本における子どもの貧困を明らかにしてきた第一人者である松本、湯澤、藤原が、他分野の研究者とともに、家族任せの社会保障と女性差別的ジェンダー構造が子どもの貧困を生み出しているとの視点から、子どもの貧困の構造と実態を明らかにしている。蓑輪は、家族任せの社会保障を背景として企業本位の労働市場と社会保障の構造があることを指摘した第五章を担当した。


新井大輔「金融行政方針、予断許さず:「金融排除」解消へ信頼醸成を」『月刊金融ジャーナル』2017年8月、12-15頁

 この小論は、金融機関を監督する立場にある金融庁が2016年10月に公表した「平成28事務年度 金融行政方針」について考察したものです。

 「金融行政方針」とは、金融庁がその年の金融行政の方針を示す文書で、特にこの年はそれまでの金融行政からの抜本的な転換を示したことで大きな注目を浴びました。もともと金融庁は、金融機関が貸し倒れの危険のある企業に資金を貸さないように、個別の融資にも口を出すなどの指導を行ってきました。しかし今回、こうしたやり方を抜本的に改めることとなり、「処分庁」から「育成庁」への転換を期待する声も多く上がりました。

 筆者は、この方針転換自体には賛成しつつ、重要な新しい一歩を踏み出す際に必要なはずの、過去の真摯な総括が行われていないという問題を指摘しました。例えば、金融庁はこの文書の中で、金融機関が担保や保証など財務諸表ばかり見て、中小企業の事業内容を深く理解する努力を怠っていると一方的に非難していますが、当の金融庁が財務諸表ばかり見て個別の融資に口を出してきたために、金融機関が貸したくても貸せなくなってしまったという側面には触れられません。

 金融庁が本当の意味で「処分庁」から「育成庁」への転換を図るには、これまでの金融行政の深い反省を踏まえ、多様な中小企業金融の現場についての理解を深め、尊重することが何より不可欠だと考えます。



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松尾秀雄・堀川新吾・寺前俊孝・森本知尚・仲川直毅
『食肉卸売業の業態変化に関する研究』三恵社、2017年

 経済は時代とともに進化してゆく。しかし同時に、経済の基本ないし原理は変わらない。日本から商店街が消えつつある。数年前、スコットランドに行ったが、そこでも伝統的な商店街はシャッターが下りたままの状態が見られた。生産者から卸商業へ、卸から小売り商業へ、そして消費者へという流れが定着していた。いわば、近代的な日本の流通構造だと思われていた。この著書では日本の食肉流通構造の変化をテーマにしている。
 現実の食肉流通の現場を、アンケートと聞き取りの調査によって、徹底的に研究して見たいという要望と、公益財団法人・日本食肉流通センター様からの資金提供を公募によって獲得したという支援とがマッチングした。私が当時、日本流通学会の会長であったことも評価された要因であろう。
 日本では、卸が固有の存在意義を誇示していたが、卸不要論が叫ばれて久しい。では、食肉の大手卸は、どうやって生き延びたのか。横浜の瀬尾商店は、崎陽軒のシュウマイ材料を加工して生き延びた。伏見の杉本精肉店はレストランと惣菜加工・ハンバーグのスーパー販売で生き延びた。畜産農家の野崎は流通一貫の保持と、肉の品質管理で賞を獲得することで生き延びた。その他の例は、この小さな研究調査の報告に書かれているので、お読みいただきたい。


李 秀澈「日本PM2.5対策とPM2.5問題解決のための日本・中国・韓国の政策協力」
『資源環境経済研究』(韓国環境経済学会)第26巻第1号、2017年3月、pp.57〜83

 PM2.5は、発生源が多様かつ発生メカニズムが複雑であり、まだ日本でも自動車などの移動排出源を除いては、正確なインベントリ(排出統計)の整備が行われず、効果的な対策にも限界がある状況である。PM2.5対策をより困難にすることは、中国など国外から飛来するPM2.5である(地域によって40%〜60%が海外由来)。したがってPM2.5問題の根本的解決には、中国そして韓国との政策協力が欠かせない。今後、実効性のある対策を推進するためには、日中韓の大気汚染防止に関する法的効力のある条約を締結し、3国間PM2.5を減らすための対策作りに取り組む必要がある。
 中国の場合、PM2.5発生の60%以上が、化石燃料の燃焼に起因しているので、日中、中韓における、二国間クレジット(JCM)制度を活用した対策を積極的に検討する必要がある。このような制度は、気候変動問題(二酸化炭素削減)とPM2.5(大気汚染物質削減)の同時解決に資するだけでなく、関連するビジネスや技術の交流拡散にも寄与することになる。日中韓を中心とした東アジア地域は、環境、エネルギー面での共同体的な運命の下にある。日中韓3国がPM2.5だけでなく、大気環境と気候変動問題の解決のための法的効力のある機構を創設し、政府間の政策協力と都市間および企業間の交流が大きく進展する場合、今後、この地域の大気環境保全だけでなく、持続可能な低炭素経済への進展と地域経済統合にも寄与するものとなる。


Tomohiko Kawamori and Toshiji Miyakawa, “Nash bargaining solution under externalities,” Mathematical Social Sciences 84, 1-7, 2016.

 提携の生み出す価値が、提携外の主体がどう提携するかに依存する状況(外部性)で、尤もらしい価値の分け方(ナッシュ交渉解)を定義しました。外部性の例として、企業の提携の生み出す価値が、その提携の外のライバル企業の提携の大きさに影響されることがあります。ナッシュ交渉解は、各主体の交渉での優位性を規定する、各主体が単独で生み出せる価値に基づいて定義されます。外部性下では、単独で生み出せる価値は、ほかの主体がどう提携するかに依存します。ここでは、ほかの主体がひとまとまりになるとしました。
 提案を拒否した主体が確率的に交渉から退出する交渉過程で実現する価値の分け方が、外部性下のナッシュ交渉解と一致することを示しました。交渉過程の詳細は、次のようなものです。(1)ある主体が提携および提携の生み出す価値の分け方を提案し、(2)提携相手は提案への諾否を表明します。(a)全員が受諾すれば、その提携が形成され、提案どおり価値を分け、(b)1人でも拒否すれば、最初に拒否した主体が確率的に交渉から退出し、新しい提案者のもとで交渉が続きます。こうした交渉過程が、外部性下のナッシュ交渉解の背後にあるわけです。


李 秀澈・朴 勝俊・李 態妍
「東アジアの持続可能な低炭素経済に向けたエネルギーシステムと環境税制改革」
『環境経済・政策研究』(環境経済・政策学会)第10巻第1号、2017年3月、pp.39〜43

 本研究は、日本・中国・韓国・台湾など東アジア地域について、気候変動政策の経済影響および環境効果を分析したものである。温室効果ガス排出を抑制する政策については経済的影響を懸念する声が大きいが、炭素税のようなカーボンプライシングの導入や、再生可能エネルギー普及、そしてエネルギー使用効率の改善は、気候変動防止を目的とするものか否かにかかわらず、化石燃料輸入費用の節約と低炭素技術・投資拡大を通じて経済的なプラス効果も期待される。本研究ではこれらを定量的に分析するために、主としてグローバルマクロ計量モデルのE3ME‐Asia モデルを採用した。
 本研究の分析課題は、以下の3点である。第1に、東アジア地域の発電部門における石炭や原子力発電への量的制限と再生可能エネルギー普及政策に関するモデル分析、第2に、炭素税の強化と炭素税の税収を他の税の減税に当てる環境税制改革、第3に、国境税調整と東アジア地域での低炭素政策の協力可能性である。本研究の以上の分析と考察の結果として、東アジアの持続可能な低炭素経済への道は以下の3つであると結論づけられる。(1)原子力および石炭火力の規制と低炭素制度設計による持続可能なエネルギー・電源ミックスの実現、(2)環境税制改革による環境と経済の両立と分配問題の緩和、(3)低炭素・エネルギー問題における東アジアの政策協調の強化である。



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Soocheol Lee, Hector Pollitt and Park Seungjoon(eds), Low-carbon, Sustainable Future in East Asia: Improving energy systems, taxation and policy cooperation (published by Routledge in 2015)

 本書の目的は、経済の側面だけでなく、エネルギー・環境側面においても相互依存を強めている日本、中国、韓国そして台湾を中心とする東アジア地域における、持続可能な低炭素経済(化石エネルギーと原発に依存しない経済)の実現のために必要な知見と政策課題を見出すことである。そのための解明すべき問題を、次の3つの研究課題に絞って考察を深めた。
 第1の研究課題は、東アジアのエネルギー選択は如何なるものであるべきかである。第2の研究課題は、エネルギー・炭素税の制度設計は如何なるものであるべきかである。そして第3の研究課題は、東アジアにおける低炭素政策の選択と協力は如何なるものであるべきかである。
 本研究に納めた様々な分析と検討の結果として、東アジアの持続可能な低炭素経済への道は以下の3つであると結論づけられる。(1)原子力の規制と低炭素制度設計による持続可能なエネルギーミックスの実現、(2)環境税制改革(たとえば炭素税を導入し、その税収を消費税、所得税、企業の社会保障負担などの軽減にまわすこと)による環境と経済の両立と、税収の活用による経済活性化、分配問題の緩和、(3)低炭素・エネルギー問題における東アジアの政策協調ができる東アジア低炭素パートナーシップの実現である。


松尾秀雄著「非商品経済の領域と市場」(河村哲二ほか著『グローバル資本主義と段階論: マルクス経済学の現代的課題 第II集第2巻 現代資本主義の変容と経済学』御茶の水書房、2016年)

 『グローバル資本主義と段階論』という大きな書籍を共同で執筆した。書店は、古い付き合いの御茶の水書房が出版作業をはじめ、担当された。
 どんな研究を私的にはテーマにしているか。経済の中にある非市場領域を人間の行動論的なアプローチで理論の手続きで説明してみたい、というのが研究の主題であり、先行研究であるところの人類学や社会学の膨大な著作を嬉々として読み進めている。
 まず、資本主義の経済のなかに存在する非商品経済の領域について説明したい。宇野弘藏は、資本主義がどんなに発展しても不純な要素は残存するという見方を示した。いわゆるA+B=Eという公式である。商品経済の要素と非商品経済の要素のアマルガムとして、現実の資本主義という経済として、社会は存在する、という認識である。しかしながら、いままでのマルクス経済学の原理論では、純粋な市場経済の論理しかありえないという立場であって、共同体としての家族や国家は多様性か類型性の説明で済まされてきた。ここを贈与行為に基盤を置きながら、何とか説明にこぎつけたらよいと、思考と試行を重ねている。


杉本大三「食料消費パターンの地域的特徴とその変化」(押川文子・宇佐美好文編『暮らしの変動と社会変動 激動のインド5』,日本経済評論社、2015年

 『暮らしの変化と社会変動』は、全5巻からなる叢書「激動のインド」の最終巻で、最近のインド社会の変化を、人々の生活の変化からとらえようとしたものです。10人の研究者で共同執筆したのですが、私は第2章で食料消費の変化について論じています。1980年代から2000年代にかけての3時点、各10万世帯の家計消費データに基づいて、穀物、ミルク、食用油、肉類、卵、魚介類などの消費量や支出額の変化を調べたところ、いろいろなことが分かりました。2つだけご紹介します。ひとつは、インドの食事に明確な地域性が存在することです。例えば、北西部の人々はミルクをたくさん飲んで小麦粉で作ったチャパティを食べますが、南部の人々はミルクをあまり飲まず、米をたくさん食べます。南部では雑穀もまだたくさん食べられています。もうひとつは、肉類の消費量があまり増加していないということです。東アジアや東南アジアの国々では、経済成長とともに肉類の消費量が著増したのですが、インドではそうした傾向が見られませんでした。それが菜食主義に価値を見いだすインドの食文化のためなのか、経済成長にもかかわらず貧困層が大量に存在するためなのか、あるいは多少所得水準が上昇したとしても、それを食事以外のことに使わざるを得ないからなのか、謎は深まるばかりです。


荒川章二・河西英通・坂根嘉弘・坂本悠一・原田敬一編, 『地域の中の軍隊8 基礎知識編 日本の軍隊を知る』, 吉川弘文館、2015年

 戦前の日本社会において、「軍隊」は民衆の日常生活と密接な関係にありました。本書は、その様子を地方別にまとめたシリーズ「地域のなかの軍隊」(全9巻)の1冊であり、戦争や軍隊に関する9つのトピックについて解説したものです。具体的には、徴兵制、徴兵忌避、鎮台・鎮守府、在郷軍人会、皇族軍人、軍事郵便、医療、従軍僧・神官、軍馬がとり上げられています。このうち大瀧は、「軍馬」の項を執筆しており、農村で飼われていた馬たちが軍用に血統改良され、それらが戦時に動員されていった様相を紹介しています。
 戦後70年を経過した現在、かつてのような大規模戦争が起こることは考えにくい世界が実現されました。しかしテロや紛争といった武力行使は、なおも世界中で繰り返されています。また戦争の最も残酷な側面ともいえる「人をモノとして扱うこと」は、軍事力とは異なる方法(例えば経済力)を通して再び我々の前に現われています。こうした問題を考える上で、本書は多くの手がかりを提供してくれるでしょう。


マーティン ハート=ランズバーグ (著), 岩佐 和幸 (監訳)『資本主義的グローバリゼーション―影響・抵抗・オルタナティブ』(高菅出版)、2015年

 グローバリゼーションについては、国家間の結合を促し、そこでの競争が効率性を改善し大多数の幸福を高めていく、との見方が大勢かもしれない。しかし、利潤を追求する多国籍企業は、生産と消費のグローバルシステムを形成する中で、有害な不均衡・不安定・不平等を引き起こし、むしろ多大なコストさえ生み出した。2016年、世界は懐疑を深めつつある。
 本書は、長年この点に警鐘を鳴らしてきたアメリカの経済学者による2013年発表作の全訳である。「グローバリゼーション」を「資本主義的」なものと捉えた本書は、その力学、影響力、アンチテーゼ、オルタナティブを明示し、我々が直面する課題に応える。「第1章 生産の国際化とその影響」「第2章 新自由主義:神話と現実」「第3章 資本主義/米韓FTA/抵抗」「第4章 シアトル以降:運動構築をめぐる戦略的思考」「第5章 ALBAと南の銀行から学ぶ:挑戦と可能性」「第6章 ALBAと協同的開発の可能性」の各章を備える。うち、名和は第4章の訳出を担当した。


トニー・サイチ+胡必亮共著 (谷村光浩訳) 2015,『中国 グローバル市場に生きる村』, 東京, 鹿島出版会.

 本書は、 Saich, Tony and Biliang Hu 2012, Chinese Village, Global Market : New Collectives and Rural Development の全訳です。
 1990年代後半、「水田は幹線道路に、水牛は製品輸送トラックに」と大変貌を遂げた珠江デルタの一農村。トニー・サイチ(ハーバード大学教授)、胡必亮(北京師範大学教授)は、約20年間にわたる実地調査をもとに、その目覚ましい経済的、社会的な変動を克明に描き出しています。
 本書には、変化を促した中央の施策は知られているが、「あまりよく分かっていないのは、実際に地元の人々が編み出し、しかも経済だけでなく末端レベルでのガバナンスに影響を与えた取り組みがどれほど多いかである」などと、ハーバード大学の世界的な碩学による推薦の言葉が添えられ、この村の臨場感あふれる“スタディ・ツアー”へと誘っています。
 中国の農村開発はもとより、公共・公益思想、内発的発展論、社会的包摂などについて具体的に論考を深める際、原著者らの事例研究からは様々な手がかりが得られるものと存じます。

 本書は、日本経済新聞(2015/09/13付朝刊)書評欄、ならびに、科学技術振興機構の中国関連書籍紹介(2015年vol.12)に取り上げられました。



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Tomohiko Kawamori, “A noncooperative foundation of the asymmetric Nash bargaining solution,”Journal of Mathematical Economics 52, 12-15, 2014.

 本研究では、3人以上の個人が次の交渉過程で配分を決める状況を分析しました。まず、ある個人が配分を提案し、次に、その他の個人が提案への賛否を表明します。全員が賛成した場合、提案通りの配分が実現し、それ以外の場合、最初に提案を拒否した個人が対案を提案し、以下同様のプロセスが続きます。
 交渉がスムーズに進む環境では、交渉の結果実現する配分が「非対称ナッシュ交渉解」というものとほぼ一致することを証明しました。非対称の源泉は個人の我慢強さ(将来を重視する度合い)にあり、より我慢強い個人を重んじる配分が実現することになります。
 3人以上の個人による「譲渡不可能効用」交渉で、提案を拒否した個人が次の提案者になる交渉過程を考えたのが新しい点です。また、各個人の我慢強さが異なっており、実現する配分の非対称性が制度(交渉過程)ではなく、個人の特性(我慢強さ)に由来していることが特徴的です。
 最後に、本研究は、「協力ゲーム」の解を「非協力ゲーム」で基礎づける「ナッシュ・プログラム」という研究の流れに位置づけられることを付け加えておきます。


谷村光浩 2014(程雅琴译・李涛校), “从移动人口研究类推可想象的‘量子城市治理’记述”, 王名主编『中国非菅利评论』, Vol.13, pp. 24-53, 北京, 社会科学文献出版社.

 本書に所収された論文は、“移動する人々をめぐる論考からの類推より考えられる「量子都市ガバナンス」の記述”(谷村2012)が中国語に訳出されたものです。まずは、清華大学公共管理学院NGO研究所長王名教授をはじめ、諸氏のお力添えに深く感謝申し上げます。
 グローバルな諸課題を視野に、これまでになくしなやかに「ガバナンス」を発想するため、2009年の論文では、物理学分野の言説からのパラフレーズにより、“考えられるガバナンス”の理論的枠組みづくりを進め、いわば「ニュートニアン都市ガバナンス」を深化させたパラダイムとしての「量子都市ガバナンス」を提起しました。
 本論文では、移動する人々を研究する枠組みの抜本的再考に関わる論述を概観した後、「ディアスポラ」「トランスナショナリズム」「グローバル化と女性たちの越境」の描かれ方、さらには「差異と流動の哲学」「量子的な“私”」といった視座への考察をもとに、“居住”状態やアイデンティティの“量子力学的なありよう”にあっては、多世界解釈にならい、「多“居住”/多アイデンティティ解釈」という試案を提示しました。


Soocheol Lee, Hector Pollitt, Seung-Joon Park, Kazuhiro Ueta 2014,“An economic and environmental assessment of future electricity generation mixes in Japan - an assessment using the E3MG macro-econometric model”, Energy Policy Volume 67, April 2014, Pages 243-254

 本論文は、日本が将来に持続可能な低炭素社会へ移行するためにいかなるエネルギー政策の選択が必要であるかを明らかにしています。日本が2020年までに二酸化炭素排出を画期的に減らしていくために(1990年対比2020年に25%削減)必要な電源選択と合せて原子力発電の環境・経済効果を評価しました。本論文は、この分析のためにイギリスのケンブリッジ・エコノメトリックス研究所が開発したマクロ計量経済モデルを採用しました。
 分析の結果、脱原発と低炭素社会へ移行することによる経済への悪影響はほとんど見られず、各種の低炭素関連投資効果により返って雇用に良い影響をもたらすことが分かりました。そして炭素税の導入とその税収を所得税など他の税の減税に回す場合、いわゆる二重配当効果(二酸化炭素の削減と経済活性化の同時達成)が現れることが明らかになりました。ただし、2020年までに1990年対比二酸化炭素削減25%削減と原発ゼロを進めるためには高率の炭素税導入(二酸化炭素1tあたり約1万円(ガソリン1L当たり約20円に相当))が必要となり、政治的に容易でないことも示しました。


Soocheol Lee(co-editor) 2014,“Critical Issues in Environmental Taxation”, Environmental Taxation and Green Fiscal Reform Edgar Elgar

 本書は、環境税制改革、すなわち環境に有害な物質(たとえば、二酸化炭素、PMなど)には課税をする一方で、経済行動と関連したもの(たとえば、労働、消費など)に対しては課税を軽減することは、環境改善に資する一方で経済活動を促すことを、多様な事例を用いて検証しています。また環境税制改革だけではなく、財政システムそのものを環境にやさしい方向で改革することを提言しています。
 そのため、政府は原子力発電や化石エネルギーに基づいたエネルギーに対しては課税を強化し、企業の低炭素技術革新や投資には適切な補助プログラムを用意する必要があると論じています。こうした環境税制改革は、短期的な視野に基づいては政治的な抵抗により実現が難しく、政治家の強いリーダーシップの下で一般国民にも長期的なビジョンを示しながら進める必要があると主張しています。そして化石エネルギー依存経済の限界性、原発のリスクと社会的費用を国民に説得しながら低炭素経済に向けた制度改革が必要であることを示しました。



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Soocheol Lee(co-editor) 2013, “The Green Fiscal Mechanism and Reform for Low Carbon Development-East: Asia and Europe” Routledge.

 本書は、東アジアにおける財政のグリーン改革の現状とこの地域における低酸素社会に向けた今後の課題を、EUの先行事例の分析を踏まえながら考察しています。EUの国々は、環境税改革(化石燃料の炭素量に応じて課税をし、その税収を所得税や法人税の減税に当てることにより環境保存と経済活性化を同時に図ろうとする試み)、排出権取引制度、環境に有害な補助金の削減や撤廃などを通じて、財政のグリーン改革と低炭素成長戦略を進めてきました。
 これに比べて経済発展段階の異なる東アジアでは、経済活動や産業競争力への負の影響を考慮し、近年にいたるまでに財政のグリーン改革はあまり進んでいません。また東アジアの国々における財政のグリーン改革の進展状況や度合いは、経済発展段階や所得水準によって様々です。しかし地球温暖化問題や高騰するエネルギーコスト問題への対応に迫られることにより、近年は漸進的でありながらも財政のグリーン改革を進めています。
 EUの国々は、過去約20年間財政のグリーン改革を進めてきた経験があり、その過程で温室効果ガス排出削減と経済および産業競争力が矛盾しない政策実施に一定の成果を収めています。本書は、こうしたEUの経験を踏まえながら、東アジアの国々が、財政のグリーン改革と低炭素成長、すなわち温室効果ガス削減と経済発展を同時に達成できる政策と制度設計のあり方を明らかにしています。


新井大輔 2013, “経済の金融化とマルクス信用論”, 高田太久吉編『現代資本主義とマルクス経済学』, pp.187-210, 東京, 新日本出版社.

 本書は、世界金融恐慌によってその矛盾を露わにした現代資本主義の構造と動態を、グローバル化、金融化、新自由主義という三つのキーワードによって明らかにする試みです。
 本書は二部構成を採っており、前半では、マルクス経済学を基礎とした現代資本主義論の概要を提示しています。具体的には、今回の恐慌を、1970年代以降の資本主義の構造変化、国際不均衡の拡大、日本の「失われた20年」、欧州経済危機、失業・格差問題という五つの視点から解明しています。
 また、後半では、マルクス経済学の新しい理論的課題と可能性を検討しています。そこでは、恐慌論、帝国主義論、信用論という伝統的な理論分野だけでなく、比較的新しいテーマである地球環境問題や大規模災害についての最新の議論が取り上げられています。
 私が担当した第8章「経済の金融化とマルクス信用論」では、今次の恐慌の主要な舞台となった現代の金融市場と、そこでの現代企業の金融・財務活動を、マルクス信用論の基礎的な概念と結び付けて考察することを通じて、解明すべき理論課題を整理しています。
 専門家だけではなく、現代の政治経済に関心を持つ幅広い読者に読んでもらえればと思っています。



李秀(編著) 2014, 『東アジアのエネルギー・環境政策:原子力発電/地球温暖化/大気・水質環境』, 京都, 昭和堂.

 本書は、日本・中国・韓国・台湾を中心とする東アジア地域におけるエネルギー・環境政策の運用実績に関する国際比較分析を通して、東アジア環境共同体と呼ぶべき緊密なエネルギー・環境協力システムを構築し、同地域を持続可能な発展へ導いて行くための方向性を示すことです。
 本書は、大きく分けて次の3部で構成されています。第1部は東アジアの原子力発電政策における規制と財政、第2部は東アジアの気候変動政策と環境税・財政改革、そして第3部は東アジアの環境規制と財政(大気及び水質環境保全に向けて)です。
 一定の環境水準を保障すべき環境法・規制と、エネルギー政策のあり方は、狭い意味での環境保全だけでなく一国のあらゆる政策や制度の持続可能性を規定します。エネルギー・環境制度改革は、短期的な経済情勢に左右されない、確たる信念と強いリーダシップの下で、国民に化石エネルギー依存経済の限界、環境汚染を適正な方法で内部化する必要性、原子力エネルギー利用のリスクに対する正しい教育や情報提供を地道に行ってゆく必要があります。
 本書は、これらのエネルギー・環境政策の国際比較分析を行い、相互のメリットとデメリットを深く考察することにより、東アジア地域においてエネルギー・環境システムを持続可能なものへと変革していくための方向性を提示しています。




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Soocheol Lee and Kazuhiro Ueta 2012,“Public Policy issues on the disposal of High-Level Radioactive Waste in Japan” Soocheol Lee and Kazuhiro Ueta,Larry Kreiser et al.(ed.),,Critical Issues in Enviromental Taxation,Voiume XII, pp.197-211, Edward Elgar

 

<日本における高レベル放射性廃棄物処理の公共政策>
 これまで国策として進められてきた原子力発電によって生じる使用済み核燃料の処理問題は、経済的な問題というより政治性の高い問題となっています。そして3・11東日本大震災による放射能被害に直面した日本国民は、原子力発電に関する徹底的なコスト分析や潜在的リスクがこれまで十分に議論・評価されてこなかったことについて認識するようになりました。
 日本では、高レベル放射性廃棄物の処理処分に関わる社会的リスクやコストについて、電源3法の交付金に代表されるように国の責任や財政措置を中心に対応してきました。しかし、財政支援策をバックに進められてきたこれまでの原子力政策は、全面的に再検討されるべきだと考えます。
 高レベル放射性廃棄物の処理処分は、これまでの国の責任や財政資金投入中心の政策から脱却し、徹底的な情報公開と政策決定の透明性を確保するとともに、放射能リスク防止技術の開発、そして市場原理の適用拡大と事業者責任の原則に基づいた幅広い議論を行い、国民の信頼や共感が得られる方向に進めるべきでしょう。
Yuri Sadoi 2012,“Innovation and Industrialization in Asia”,Rajah Rasiah, Yeo Lin, and Yuri Sadoi (eds.), London,Routledge.

 アジアは1980年以降急速な経済発展を遂げ、その中でも、中国、インド、韓国、台湾、アセアン経済が世界のGDPを牽引する原動力としての役割を果たしてきています。このアジアの急速な経済発展とその発展に伴う構造変化についての研究は、新興国経済発展研究の中核をなしつつあります。多くの新興国では、農業や鉱業を主要産業として、1次産業を中心に発展してきましたが、工業化を経済発展の原動力として政策転換し、1次産業から2次産業への構造の変化が急速に進んでいます。
 しかし、経済発展政策、経緯、進捗度、構造変化については、国により、また産業により画一的なものではなく、様々な発展経緯を経ており、その進捗度、進捗速度も多種多様です。
 本著は、アジアの産業構造変化を電子・自動車産業を中心として、技術レベル、経済キャッチアッププロセスを国別に分析しています。佐土井有里は、国際共同研究の一環として、Rajah Rasiah教授、Yeo Lin教授と共に編著者として、マレーシア、タイ、インドネシア、ミャンマー、中国、インドの電子・自動車産業の事例研究をまとめ、分析しました。

伊藤健司 2013,“大型ショッピングセンターの立地多様化と出店用地”,土屋純・兼子純編 『小商圏時代の流通システム』,pp.195-213,東京,古今書院.

 少子高齢化などを背景として、日本の流通システムは2000年代に入って大きな変化の時期を迎えています。本書では、人口増加や消費・市場の拡大を前提としてきた従来からの量販型流通システムがどのように変化しているのか、「小商圏」型の流通システムがどのように成長してきているのか、そして、まちづくりと流通との関わりなどを扱っています。都市型のミニスーパーやネットスーパーの展開、「まちの電器屋さん」の再評価、都市でも農山村でも生じているフードデザート(食の砂漠)問題、低人口密度地域での流通システムの維持などについて具体例を元に検討されています。
 私は、まちづくりと流通との関わりの一部として、第12章「大型ショッピングセンターの立地多様化と出店用地」を担当しました。大型ショッピングセンターが市街地内部と外縁部に多く立地していること、都市内部での出店においては工場跡地が利用されているため産業構造や都市構造の変化と関係があることなどを示し、今後のショッピングセンターのあり方について検討しました。

名和洋人 2013,“アメリカ合衆国における戦時農林資源政策”,野田公夫 編 『農林資源開発の世紀:「資源化」と総力戦体制の比較史(農林資源開発史論 I)』,pp.403-442,京都,京都大学学術出版会.

 近年、資源問題への関心が高まっています。しかし農林資源に焦点をあて、科学技術発展と第二次大戦期の総力戦体制の中で、持てる全ての人と自然を「資源化」した点の研究は進んでいませんでした。本書はここに光をあて、日本・ドイツ・アメリカを比較検討しました。あわせて、現代の人間と自然との関係理解を促す議論素材の発見も目指しています。
 名和洋人は、第8章「アメリカ合衆国における戦時農林資源政策」を担当しています。1930年代の合衆国は、巨大な農業生産力を誇ると同時に、広大な国内の中で地域的分業を顕著に確立させたため、各地で単一商品作物への過度の傾斜が生じていました。長距離の農畜産物輸送、すなわち国内輸送能力の圧迫や化石燃料の浪費という弱点を抱え、大戦期に対応が必要となったのです。本章は第1に、有力商品作物の綿やタバコの世界市場喪失と生産制限のなかでの、合衆国南東部における生産作目の再編・多様化(特に畜産の拡大)、また第2に、第二次大戦下の農畜産物の地域的自給に資する土地利用計画の策定と実現、を解明しました。そのほか、農業の機械化による余剰労働力の国防部門への大量移動、大豆生産拡大に伴う化学肥料製造能力の余剰化とこれらの火薬製造への転換、を指摘しました。

渋井康弘 2012,“グローバリゼーション下の日本機械工業と産業集積”,鳥居伸好・佐藤拓也編著 『グローバリゼーションと日本資本主義』,pp.95-138,東京,中央大学出版部.

 本書は、世界金融危機や欧州信用不安などに見られる世界経済の混迷の背後に、グローバリゼーションという大きな潮流があると考え、それが日本資本主義に何をもたらすのかを分析したものです。
 グローバリゼーションは、商品や資本や技術や人がやすやすと国境を越える時代を作り出しました。一瞬のうちに貨幣が世界を駆けまわり、株価の急騰をもたらしたかと思えば直後に金融危機を引き起こすといった金融の暴走も、産業の海外展開による日本産業空洞化の可能性も、このグローバリゼーションを背景に進んでいます。
こうした大きな変化が進む最中、日本は東日本大震災を経験しました。震災は日本経済に大打撃を与え、グローバリゼーションの下で進行している産業空洞化を一層促進することとなりました。
 本書では、日本資本主義がこの大変動を経てどこに辿りつくのかが、8章にわたって検討されています(8人による分担執筆)。私は第4章「グローバリゼーション下の日本機械工業と産業集積」で、国内の産業集積地が連携しあいながら、アジアを範囲とする広域の分業構造の一角を担って行く可能性を探りました。現在進行中の事態を先読みする試論を含む本なので、異論も多いことと思いますが、議論を喚起できれば幸いです。

谷ヶ城秀吉 2012,“大阪商船の積極経営と南米航路”,公益財団法人渋沢栄一記念財団研究部編『実業家とブラジル移住』,pp.193-227,東京,不二出版.


 2008(平成20)年、日本人のブラジル移住100年を記念する式典が各地で催されました。東京・北区にある渋沢史料館でも企画展「日本人を南米に発展せしむ」が開催されました。戦前の著名な実業家であった渋沢栄一は、ブラジル移住事業の熱心な推進者でもありました。

 移住事業には、渋沢以外にも数多くの実業家が関わっていました。そこで渋沢史料館では、渋沢、岩崎久弥(三菱)、武藤山治(鐘紡)、平生釟三郎(東京海上保険)ら実業家と移住事業の関わりを歴史的な観点から探るための共同研究を組織しました。同時に事業そのものを支えた金融、海運、あるいは日本−ブラジル関係を解明することも試みました。前者は本書第I部に、後者は第II部にそれぞれ収められています。

 谷ヶ城秀吉は、移住者輸送を担った南米航路の経営実態を大阪商船(現・商船三井)の内部資料を通して解明する第6章の執筆を担当しました。従来、同社南米航路の経営状態は良好であると理解されてきましたが、収益性や投資効率の点から見れば、むしろ問題のある航路経営であったことが明らかになりました。

経済学部教員の書籍を紹介します。それぞれの著述の概説は、教員自身によるものです。国内外の書店や図書館で、見かけられたり、興味をもたれたら、ぜひ手に取ってみてください。

Katsuura, Masaki 2012, “Lead-lag Relationship between Household Cultural Expenditures and Business Cycles,” Journal of Cultural Economics, Vol. 36, No. 1, pp. 49-65, Dordrecht, Springer.

 

 本論文が掲載されたJournal of Cultural Economicsは,国際文化経済学会の公式ジャーナルです。文化経済学に関する学術雑誌はそれほど多くはありませんが、Journal of Cultural Economicsはこの分野の最も権威のある雑誌の1つとなっています。
 文化や芸術は、通常の財・サービスとは異なった性質をもち、これまで経済学においてあまり扱われてきませでしたが、文化経済学は、それらを経済学的に分析することを目的とします。なぜクラシックコンサートのチケットは高いのか、芸術家の所得水準はなぜ低いのかといった問題意識からスタートし、ミクロ経済学の応用といった側面も強いものの、現在、その守備範囲はかなり多様化しています。
 本論文は、家計の文化に対する支出の月次データを用いて、その変動が日本の景気変動とどのように関連しているのかを計量経済学の手法を適用して分析した研究です。したがって、これまで文化経済学ではあまりとられていなかったマクロ経済学的な視点を導入したことが特徴です。分析結果としては、全体的な景気変動と文化支出の対応関係は不安定で、特に景気拡張期でより多くの循環変動が観測されました。そして、観測結果を所得弾力性などと関連させて説明を試みました。


諸富徹・浅岡美恵(李秀澈訳)2011,『低炭素経済への道』[韓国語], ソウル, 環境と文明社.

 

 本書では、低炭素経済への道はエネルギー費用の上昇という痛みを伴いますが、これを克服する過程で化石エネルギー依存体質から脱却、新しい低炭素ビジネスの創出が可能となり、持続可能な成長と雇用安定も保障されると語られています。たとえば、生産活動過程で工程の低炭素革新(プロセス・イノベーション)と生産された製品の低炭素革新(プロダクト・イノベーション)を促すことが低炭素経済の要諦であると論じています。そのため、エネルギーや製品に組み込まれている炭素が、価格として機能しうるような税制や財政の改革とともに、排出権取引制度など多様な低炭素政策の組み合わせも提案しています。
 著者の諸富徹京都大学大学院教授は、エネルギー・環境政策分野で旺盛な著作活動を行っている気鋭の学者です。本書の訳者である李秀澈は、アジアにおける望ましい低炭素経済の在り方について諸富教授と共同研究を行っています。また、浅岡美恵氏は弁護士活動の傍ら、長い間、地球温暖化に関わる日本有数のNGO「気候ネットワーク」の代表として低炭素経済を推進する市民運動を主導しています。近年「低炭素緑色成長」への政策転換を計っている韓国をはじめ、化石エネルギー依存型経済成長を続けているアジアの国家においても、本書の示唆するところは大きいでしょう。


Tanimura, Mitsuhiro 2011(李勇译・程雅琴校), “从物理学类推得出的‘可想象治理’记述―应对‘多栖居住’的‘量子城市治理’理论的构建―”, 王名主编『中国非菅利评论』, Vol.8, pp. 92-115, 北京, 社会科学文献出版社.

 

 本書に所収された論文は、 “物理学からの類推より‘考えられるガバナンス’の記述”(谷村2009)—その英語版 “Descriptions of ‘Conceivable Governance’ by Analogy with Physics”(Tanimura 2009)—を中国語へ訳出くださったものです。まずは、清華大学公共管理学院NGO研究所長 王名教授をはじめ、諸氏のお力添えに深く感謝申し上げます。
 国際社会では、「ガバナンス」をこれまでになくしなやかに発想する必要に迫られています。そこで、本論文では、いったん思い切って旧来のガバナンス論から離れ、物理学分野の言説からのパラフレーズにより、“考えられるガバナンス”の理論的枠組みを構築する作業を試みました。
 これまで、私たちは、特殊な「ニュートニアン都市ガバナンス」を先に見せられ、それが描く世界が一般的な世界そのものであるかのようにすり込まれてきたといえるかもしれません。そして、より深化したパラダイムとしての「量子都市ガバナンス」—量子力学における多世界解釈にヒントを得た試案—は、“定住者”の思考様式というものの特殊性を炙り出す可能性もあると推しはかりました。

松尾秀雄 2011, “中国の社会制度としての都市戸籍と農村戸籍”, 菅原陽心編『中国社会主義市場経済の現在』, pp. 355-391, 東京, 御茶の水書房.

 

 本書は、1997年に山口重克東京大学名誉教授を中心として発足した研究グループの成果の一端を示した書です。この共同研究では各自テーマを設定し、中国における市場経済化の進展過程を市場経済の多様性という視角から分析を行い、中国型市場経済を類型として明らかにすることを目的としています。
 松尾秀雄は、第12章「中国の社会制度としての都市戸籍と農村戸籍」を担当しました。戸籍を付けて高級マンションを販売しますという新聞広告を中国で見て、衝撃を受けたことが研究の起点です。戸籍は、身分であり定められた住所です。さらに、1949年以降の社会主義の発展の中で、経済活動や消費財の分配の基礎でもありました。農民工がなぜ農民工といわれるのか、郷鎮企業がなぜ郷鎮企業なのか、都市部にはなぜ国有企業があり、なぜ農村部には存在しないのか。さらには、社会制度としての戸籍制度が中国の人びとに重くのしかかっているにもかかわらず、改革開放の対象にならないのはなぜか。これらの現状について、歴史的事実より分析を行いながら解きほぐす作業を行いました。非常に興味深いテーマであり、今後さらに研究の前進を目指しています。

名和洋人 2012, “エネルギー政策—気候変動対策とエネルギー安全保障をめぐって—”, 藤木剛康編『アメリカ政治経済論』, pp.128-143, 京都, ミネルヴァ書房.

 

 本書は、世界金融危機と国際秩序の多極化、オバマ政権の登場と政権運営を中心に、冷戦後の歴史的な展開も踏まえて、アメリカの政治・経済・外交を概説したものです。現代の世界秩序において中心的な地位を占め、各国に多大な影響を及ぼしているアメリカの政治経済に関する体系的な知識を身につけることができるテキストとしています。さらに本書は、読者自ら問題を発見して資料を収集・分析し、議論できるようになるためのページも用意しています。
 長年、アメリカは世界最大のGDPを記録し続けています。こうした経済活動を継続するうえで潤沢かつ安定的なエネルギーの確保は、決定的に重要です。しかしながら、これは容易なことではありません。本書において名和洋人は、第8章「エネルギー政策」を担当しています。本章は、はじめにアメリカのエネルギー情勢について、統計データからその客観的な実情を示します。次いで1970年代以降の歴代政権のエネルギー政策を、気候変動やエネルギー安全保障といった問題との関連を軸に検討しています。さらに、同政策と地域産業との関連を探り、今後を展望する構成となっています。


杉本大三 2011, “農業”, 石上悦朗・佐藤隆広編『現代インド・南アジア経済論』, pp.127-148, 京都, ミネルヴァ書房.

 

 インドを中心とする南アジア諸国の経済発展は最近マスコミなどでもよく取り上げられ、多くの人の注目を集めていますが、そうした国々のことについていざ勉強しようとしても、これまではなかなか適当な書物がありませんでした。そうした状況を何とかしようとして、南アジア研究に携わる研究者が完成させたのが本書です。インドの経済と社会についての論考に紙幅の多くが費やされていますが、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ネパールについてもそれぞれ1章が割かれており、1冊で南アジア経済の全体像が把握できる構成になっています。各章はそれぞれの分野の専門家が全力で執筆したものであり、最新の研究成果が反映されていますが、文章は可能な限りやさしく、かみ砕いた表現で書かれているので、初めてこの地域の経済を学ぼうとする人も十分理解できるようになっています。
 杉本大三が担当した第5章「農業」では、独立以降のインド農業の推移を、農業政策や農業技術、農家の階層構成という3つの側面から検討したうえで、現在のインド農業が、農産物輸入の自由化に伴う世界市場との結合の強まりや、穀物在庫変動の拡大といった新しい課題に直面していることを指摘しています。

山本雄吾 2011, “タクシー”, 日本交通学会編『交通経済ハンドブック』, pp.205-206, 東京, 白桃書房.

 

 本書は、現代の社会経済活動に現れる交通事象を網羅したハンドブックで、交通の機能、交通機関、政策から環境問題、安全・防災対策までを体系的かつ論理的に論じています。
 2011年に創立70周年を迎えた日本交通学会が、研究成果の社会還元を図り、学会の社会的責任の一端を果たすために本書の出版を企画しました。そのため、多数の学会会員がそれぞれの研究分野に応じて分担して執筆しています。執筆にあたっては、たんなる用語解説にとどまらず、最新の研究成果や政策動向にも言及し、交通学研究の最前線を理解するための研究書を目指しました。
 山本雄吾は「タクシー」を担当しましたが、市場が縮小するなかで新規参入が継続するという経済学の常識とは相反するタクシー業界の現状が、業界固有の賃金体系(歩合制)の結果であることを示しました。そして、現在のタクシー事業の大きな課題である乗務員の低賃金・長時間労働を改善するためには、この賃金体系の改革が必要なことを提示しました。
本書が、交通に関心のある方々にとって、交通事象の理解に役立つことを期待しています。